僕のラーメン屋物語14

本日からは、フジヤマ55 香港 の立ち上げ物語について、書きたいと思います。

タイでフジヤマ55のつけ麺・ラーメンに人気の兆しが出てきたころ、香港出店の話が舞い込んできました。

香港のパートナーは、これも フジヤマ55総本店 がある、大須がご縁になりました。

大須商店街は、僕のパワースポットです(笑)

その大須で、「Little HongKong」という香港をコンセプトにした中華レストランを経営している岩田君と、ある経営セミナーでたまたまご一緒したのが、事のはじまりでした。

「 フジヤマ55の澤さんですよね。僕も大須でお店やってるんです。 」

そんな出会いでした。

それからほどなくして、岩田くんから相談したいことがあるとの連絡をもらいました。

実際に岩田君に会って話を聞いてみると、岩田君の奥さんは香港人で、その奥さんの両親が香港でラーメン屋をやりたいと言っている そういった内容でした。

その席に岩田君の奥さんも途中から合流し 挨拶を交わしました。

「私は、キキと申します。はじめまして。主人から話を聞いているとは思いますが、私の両親が香港でラーメン屋をやりたいと言っているので、もしよければ、一度、私たちと一緒に香港にきてくれませんか?」

回りくどい言い方はしない、単刀直入な話でした。

 

岩田君、キキちゃんとその後、何度か食事をしながら交流を深め、岩田君と同年代だったこともあり、タイ人パートナー ナイの時と同様にすぐに意気投合し、展開は早いですが、知り合って3か月後に一緒に香港に飛びました(笑)

香港の空港にはキキちゃんのお父さん、お母さん、妹夫婦、親戚総勢10人くらいでウェルカムトゥ香港的な感じで、迎えに来てくれていました。

そして、僕にとって初めての香港の街を案内してもらい、香港の飲食事情、香港のラーメン事情のレクチャーを受けました。

日本のラーメン屋は、まだ少なかったですが、どこも繁盛している、そんな印象を持ちました。

夜はキキファミリーと交流を深める為、皆で会食。

その席で、キキファミリーに囲まれて食事をし、話をしていたら、フジヤマ55を一緒にやることはファミリーの中では、どうも既定路線になっているということを認識しました。

キキファミリーの情熱を強く感じたので、一緒にやりましょうということで話はまとまりました。

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それから、すぐにキキファミリーが、香港で早速物件を探し始めました。

香港は土地が狭く、商売しやすい好立地は限られている為、必然的にどの物件も坪当たりの家賃が非常に高いということが分かりました。

そのような事情もあり、物件の選定は難航しました。

探し始めて10ヶ月ぐらいたって、ようやく九龍島のチムサーチョイという 抜群のエリアに物件が決まりました。

10坪ちょっとしかありませんでしたが、家賃は坪5万円以上して、結局、日本の銀座なみの単価の場所にお店を出店することになりました。

キキファミリーは、この立地でこの条件は、かなりいいので、見つかってラッキーだと言ました。

この条件でラッキーとは、ぼく自身は率直に言って非常に驚きました。

香港はこんなに家賃が高いものだとは知らなかったので、商売がうまくいくのか正直、不安でした。

国が違えば抱える不安の種類も当然違ってきます。

海外での立ち上げは一度タイで、経験済みです。

今回はキキの義理の弟が店長として、香港から大須のフジヤマ55に1か月ほど修業に来ました。

キキに通訳をお願いして、一緒に修業してもらったので、スムーズに研修が進みました。

岩田君、キキの元でリトル香港のシェフとして働いていた佐藤歩くんも香港行きを決意してくれ、研修に加わりました。

フジヤマ55のDNAをもった職人を2人、フジヤマ55香港の店舗に従事させることができるので、盤石の布陣でのスタートになりました。

しかし、海外での立ち上げは、タイでも経験したように、そんなに簡単に行くことはありませんでした。

ある意味、お約束です(笑)

今回は、タイで苦労したラーメン、つけ麺の材料選びは、比較的スムーズにいきました。

日本の商社が香港にすでに複数社入って来ていたのが大きかったのです。

試作を何度か行い、日本と変わらないレベルの味を提供することが出来る事がわかり、安心しました。

海外での立ち上げは、2カ国目なので、今回はかなりスムーズに行ったなと思い、フジヤマ55香港店がオープンをしました。

 しかし、そのオープン初日に、大事件は起こりました。

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