僕のラーメン屋物語8

「 中華そば 白壁あおい 」を、両親から引き継いだ3年後、ぼくの飛躍のきっかけとなった 「 つけ麺・ラーメン フジヤマ55 」が誕生します。

本日は、「 つけ麺・ラーメン フジヤマ55 」の誕生物語について、お話ししたいと思います。

「 中華そば 白壁あおい 」 の経営が軌道に乗って、両親の店ではなく、僕の店としてお客様が認識していただくまでにニ年ほど月日を要しました。

前述の1号店 「 中華そば 鶴舞一刻屋 」 も順調に推移し、その頃の僕は もともとのラーメンオタクの活動も復活し、ラーメンに対してもっともっと貪欲にいろんな地方にラーメンを食べに行って勉強を重ねていきました。

たくさんのラーメンを食べ歩くうちに、東京で僕が衝撃を受けた味がありました。

その味というのは、濃厚豚骨魚介のつけ麺でした。

そのつけ麺は、豚骨や鶏ガラスープの濃度が非常に高く、魚介の風味も強く、麺をスープにつけて食べるスタイルなので麺の旨みもダイレクトに感じられて、こんな旨みが強くてあと味を引く食べ物があるんだと思いました。

それからというもの、東京に勉強に行くときには、必ずこの濃厚豚骨魚介のつけ麺を食べるようになりました。

当時、濃厚豚骨魚介で代表的なお店である、六厘舎をはじめTESTU 等、を食べ歩き、僕自身、濃厚なつけ麺の魅力にやられていました。


てつ
六厘舎
このつけ麺を食べるたびに、是非、名古屋のお客様にも食べていただきたいと思うようになりました。

そして、ここから僕のつけ麺物語、『 つけ麺・ラーメン フジヤマ55 』編がスタートすることになります。

これまでは、あっさりとしたラーメン(中華そば)の業態を2店舗経営し、あっさりしたラーメンを作る技術には自信がありました。

しかし、濃厚でダシの濃度の高いスープを作るのは初めてでした。

店舗の空き時間に試作を繰り返し、いろんなラーメン仲間にもアドバイスをもらい、

何度も何度もスープを焦がしながら、なんとかスープ作りのコツをつかんでいきました。

何カ月かの試作の後に、満足できる濃厚なつけ麺スープが完成しました。

よしこれでイケる。

名古屋の人たちにこの濃厚な豚骨魚介スープを食べていただこう。

絶対、名古屋の人達は喜んでくれる、そんな確信に近い思いで、この濃厚豚骨魚介のつけ麺を提供するお店の物件を探し始めました。 

物件探しは、最初のお店「 中華そば 鶴舞一刻屋 」 を始めて以来、4年ぶりです。

濃厚なつけ麺なので、若者が多い場所がいいだろうと思い、学生街や若者の集まる繁華街を中心に探し始めました。

ラーメン屋は日常食の飲食業態なので、場所が命です。

場所は妥協したくなかったので、なかなか今回も決まりませんでした。

物件を探し始めて半年ぐらいたったある日の事、取引をしていた八百屋のお姉さんがいつものように名古屋弁丸出しで唐突にこう言いました。

『 そう言えば、あんた、物件を探してたよね。うちの物件があるから、そこでやりゃーって 』

その物件は名古屋を代表する若者の街 大須商店街にあるうどん屋さんの跡地でした。

今でこそ、ラーメン激戦区になってしまった大須地区ですが、僕が始めた2009年頃の大須はラーメン不毛の地と呼ばれるくらいラーメン屋がありませんでした。  

これは、今考えるとなぜラーメン屋が当時なかったのか不思議でしょうがないですが、オープン前に大須地区をくまなく回ってみましたが、老舗の味噌ラーメン屋が一軒あるだけでした。

大須商店街は、東京で言ったら秋葉原と原宿が混在するようなカオスの町です。 

若者が多く、僕が今から作る商品の味が大須のお客さんの層と一致していました。

き、きた~ 超ラッキー、これは繁盛するぞ~。 

僕は密かに成功を確信しました。